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戦争体験者証言




     吉田重次様

    乙種第15期生





○経歴

・1940年12月 乙種第15期海軍飛行予科練習生として土浦海軍航空隊に入隊
・1942年12月 飛行練習生として訓練を行う(1943年9月まで)
・1945年6月15日 台湾航空隊から横浜航空隊へ転隊、その後終戦を迎える

①予科練への志望動機

小学校6年生の時の先生から、日華事変が始まったころの少年飛行兵の活躍についての話を聞いたことがきっかけだった。軍国だったので、将来は軍人になり、お国のために役に立ちたいという思いが子供の時からあった。
「お国のために」との気持ちもあったが「大空へ行きたい」という思いが1番の理由だった。

②戦時中の体験

予科練では教えられた教育をしっかりできないと、飛行機乗りにはなれないとされていたが、習ったことは、戦地でとても役に立つものだった。体罰で尻のあざが3年間なくならなかったが、今の命があるのは予科練時代の徹底した教育があったからだと考えている。
 
全員生きて帰ってこられるとは思っていなかったので、死んで残しておくのに恥ずかしいものは処分するようにしていた。もし、戦地へ飛び立っても命があるならば、明日も任務に行こうと思っていた。

特攻しろとの教育は、予科練では一切受けたことがない。
しかし、『義は大山より重く、皇恩は海よりも深し。身をもって皇恩に報いるは日本男児の本懐なり』という教えにより、自分たちがやらなくてはという思いが強かったため、特攻に動員された予科練生が多いのだと思う。

③現在の若者の現状について

昔は昔、今は今の教育を受けて生活しているので、感じることも言うことも何もない。

④現在の若者に伝えたいこと

戦争は弱肉強食の時代で起きた出来事で、お互いに殺し合いをしただけと考えがちだが、日本は国を守るために、防御として戦争を行っていた。
苦労して終戦を迎え、戦後は食糧難だったことを今の人は知らない。当時の歴史や苦しかった生活を学び、それらを体験した人たちによって、今の日本や平和があることを認識しなくてはならない。
昔のことを知りたいという若者がいるということは嬉しく、亡くなった方に対して慰霊と現代社会への警鐘をしてほしい。

⑤戦争を風化させないために若者ができること

戦争は悪いことかもしれないが、日本が戦うことに日本人として従うことは誇りである。  戦争を風化させないためには、現在の平和を維持管理するしかないと思うので、世の中の悪いところは正し、良いところは伸ばしていってほしい。

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