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戦争体験者証言




     戸張礼記様

    甲種第14期生





○経歴

・1944年6月 甲種第14期海軍飛行予科練習生として土浦海軍航空隊に入隊
・1945年3月 三沢海軍航空隊へ転隊
・1945年7月 大湊海兵団に所属 石持海岸で終戦を迎える

①予科練への志望動機

中学1年生の時に父が亡くなり、自分がしっかりしなくてはという自覚が芽生えてきた。
飛行機好きということもあり、空を夢見ていた。夢を果たすには、予科練に入隊することが一番の近道と考えるようになった。
日本の戦況は、敗色が濃くなってきていた頃だったが、『決戦の大空へ』という映画などで少年飛行兵の募集を大々的に行っており、周りの情勢に乗って空への憧れが増していった。また、学校の先生も「行け、行け」と勧めるので、自然と空へ行きたい気持ちになっていた。
今思うと、なんであんなに簡単に予科練に志願したのかと思う。

②戦時中の体験

三沢航空隊に所属していた時に毎日1回本部まで行く伝令の最中に空襲にあった。1945年2月16日のことだった。
飛行機が近づいてきたと思ったら、頭上すれすれに降りてきて銃撃をしてきた。この銃撃で1式陸上攻撃機が15、6機全てやられて燃えてしまった。攻撃機の翼がおちていく姿を無残に感じた。
上空を見ると、アメリカ兵の操縦員の顔が見えたが、赤鬼のようだった。『鬼畜米兵』という宣伝文句があったが、本当に鬼のようだと感じた。
敵機が撃ち落とされて「やった!」と思ったら、撃ち落とされたのは友軍機であり、先輩搭乗員だった。緊急脱出用のパラシュートを開いていたが、首がガクッとなっていたからすぐに戦死したのだとわかった。

③現在の若者の現状について

日本が当時どのような状況であったかという事実を知らない人が多いと思う。
今の日本の平和は、昔の若者たちのおかげで成り立っていると考えている人は少ないだろう。
今の日本人は感謝の気持ちを忘れ、家族の絆が薄れているように感じる。

④現在の若者に伝えたいこと

歴史を振り返り、過ちは2度と繰り返してはいけないという覚悟で現在を見つめ、未来への道筋をはっきり見通して努力をすることが大事だと思う。
2度と戦争はしたくないし、絶対にしてはいけないことだ。戦争ではなく、別の手段がないかよく考え、対応すべきである。
特攻で先に飛び立った先輩たちは遺書に「先に行くから後は頼む」と残しているが、戦争を止め、家族の安全・安心を頼むという意味だった。

⑤戦争を風化させないために若者ができること

「天災」は止められないが、戦争などの「人災」は止めることができる。
平和は与えられるものではなく、今生きているみんなで守り、育てていくものだということを頭に置くことが大切である。

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